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東京高等裁判所 昭和31年(ネ)2672号 判決 1957年12月19日

控訴人 武藤彦太郎 外三名

被控訴人 てる事 俵藤テル

主文

本件控訴を棄却する。

控訴人斎藤寿々穂、同斎藤京子、同斎藤寿奈子は、別紙目録記載の土地を被控訴人に引き渡せ。(当審拡張部分)

当審における訴訟費用は全部控訴人らの負担とする。

本判決第二項は仮に執行することができる。

原判決添附の物件目録の記載中「神奈川県逗子市山ノ根」とあるのは、「神奈川県逗子市山野根字山ノ根谷」の明らかな誤りにつきこれを更正する。

事実

控訴人らは、「原判決を取り消す。被控訴人の請求は当審拡張部分を含めすべて棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、控訴棄却の判決並びに請求の拡張として、主文第二項同旨の判決並びに右部分に対する仮執行の宣言を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は、被控訴人において、「(一)控訴人斎藤京子、同寿々穂、同寿奈子は何ら正権原がないのにかかわらずいずれも現に被控訴人の所有にかかる別紙物件目録記載の物件を占有しているから、被控訴人は、所有権に基きこれが引渡を求める。(二)本件仮登記抹消請求権は、所有権に基くものである。すなわち、本件仮登記は事実に吻合しない無効のものであるから所有権に基いてこれが抹消登記手続をなすことを求める。(三)原判決添附の物件目録中「神奈川県逗子市山ノ根四百五十六番ノ二」及び「同所四百五十七番ノ一」とある物件所在地は、「神奈川県逗子市山野根字山ノ根谷四百五十六番ノ二」及び「同所四百五十七番ノ一」の誤記につき訂正する。(四)代位権に基く第二次的請求原因事実は、これを主張しない。」と述べ、控訴人らにおいて、「(一)控訴人斎藤京子、同寿々穂、同寿奈子が現に本件土地を占有していることは認めるが、右占有は所有権に基くものであつて何ら不法ではない。(二)本件仮登記が事実に吻合しないこと、被控訴人が本件土地につき所有権を有することをいずれも否認する。(三)物件目録の表示の訂正に異議がない。」と述べた外、原判決事実摘示(物件目録をふくむ)記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

証拠として、被控訴人は甲第一ないし第五号証、第六号証の一ないし六、第七ないし第十三号証、第十四号証の一ないし三、第十五号証、第十六号証の一、二、第十七号証の一ないし三、第十八、第十九号証の各一、二を提出し、甲第十九号証の一、二は昭和三十二年八月十一日屋代猛の撮影にかかる本件現場写真である、と述べ、原審(第一、二回)並びに当審証人俵藤丈夫、原審証人長沢直太郎、島田久四郎、綾部泰助、久保寺喜代須、沢井正太郎、粟野原千代、当審証人沢田正太郎の各証言を援用し、乙第二ないし第八号証の成立を認める、その余の乙各号証の成立は不知、と述べ、控訴人武藤は、原審並びに当審証人武藤正治の証言、当審における控訴人武藤彦太郎、同斎藤寿々穂各本人尋問の結果を援用し、甲第二ないし第五号証、第十二号証、第十五号証、第十八号証の一、二の成立を認める、甲第十一号証の証明部分の成立を認めるが、その余の成立は不知、甲第十六号証の一、二は各郵便局印の成立を認めるがその余の成立は不知、甲第十九号証の一、二が本件土地の現場写真であること、撮影の日時はいずれも不知、その余の甲各号証の成立は不知、と述べ、控訴人斎藤寿々穂、同京子、同寿奈子は、乙第一ないし第十号証を提出し、原審並びに当審証人武藤正治の証言、原審(第一、二回)並びに当審における被告(控訴人)すゞ事斎藤寿々穂、原審並びに当審における被告(控訴人)武藤彦太郎各本人尋問の結果を援用し、甲第一ないし第五号証、第六号証の一ないし五、第十五号証、第十八号証の各一、二の成立を認め、甲第十一号証の証明部分の成立は認めるが、その余の成立は不知、甲第十六号証の一、二の各郵便局印の成立は認めるが、その余の成立は不知、甲第十四号証の一ないし三の成立を否認する、甲第十九号証の一、二が本件土地の現場写真であること、撮影の日時はいずれも不知、その余の甲各号証の成立は不知、と述べた。

理由

被控訴人は、昭和十六年十一月中控訴人武藤から本判決添附目録記載の土地(以下本件土地と呼ぶ)を買い受け、これが所有権を取得した、と主張しているので、証拠を検討するに、(一)本件土地が昭和十六年十一月当時控訴人武藤の所有であつたことは当事者間争なく、(二)控訴人斎藤寿々穂、同京子、同寿奈子(以下控訴人斎藤らと呼ぶ)との間においては成立に争なく、控訴人武藤との間においては、原審(第一回)証人俵藤丈夫の証言により真正に成立したと認める甲第一号証並びに原審(第一、二回)並びに当審証人俵藤丈夫の証言を綜合すれば、被控訴人は、その夫である俵藤丈夫を通じ太喜治事斎藤勝浄に対し昭和十六年十一月十七日本件土地買入代金として金一万五百円、諸方支払金として金千円を交付し、本件土地の買入方を依頼したことを認めることができ、(三)成立に争のない甲第二ないし第五号証、原審(第一回)証人俵藤丈夫の証言、原審証人久保寺喜代須の証言、当審における控訴人武藤彦太郎本人尋問の結果の一部(後記信用しない部分を除く)を綜合すれば、控訴人武藤は、昭和十六年十一月斎藤勝浄を通じて「東京の人」とだけ告げられた買主からの本件土地の買入申込を受け、これを承諾して「東京の人」なる買主に対して代金一万三百円で本件土地を売り渡し、本件土地の登記済証(甲第二号証)、控訴人武藤作成名義の買主の氏名を書き入れない本件土地の売渡証(甲第三号証)、同じく控訴人武藤作成名義の買主の氏名を書き入れない本件土地の所有権移転登記申請の委任状(甲第四号証)を斎藤勝浄を通じて買主すなわち被控訴人に交付し、被控訴人は現に右甲第二ないし第四号証を所持していることを認めることができ、(四)原審証人綾部泰助の証言同証言により真正に成立したと認められる甲第七号証によれば、控訴人武藤もまた綾部泰助に対し本件土地は「東京の人」に売つたと語つており、昭和二十六年四月十五日頃本件土地と一部境を接している斎藤勝浄島田久四郎所有土地の境界につき紛争が起り、隣地の地主たちが相会したとき、被控訴人の夫俵藤丈夫が本件土地の所有者として被控訴人を代理して出席していることが認められることを綜合すれば、昭和十六年十一月頃控訴人武藤と被控訴人との間に、斎藤勝浄を仲介人として本件土地についての売買契約が成立したことを認めることができる。売主たる控訴人武藤が正確に買主の氏名を承知していなかつたということは、もし買主が被控訴人であつたならば売らなかつたであろうというような特段の事情の認められない限り右売買契約の成立を妨げるものではない。以上の認定に反する原審並びに当審証人武藤正治の証言、原審(第一、二回)並びに当審における控訴人(被告)斎藤すゞこと、斎藤寿々穂本人尋問の結果、原審並びに当審における控訴人(被告)武藤彦太郎本人尋問の結果は信用しない。乙第一号証は当審における控訴人武勝彦太郎本人尋問の結果によりその成立は認められるけれども、右は前掲甲第三号証と対照するときは、乙第一号証は本件土地売買代金領取書の意味に解するのが相当で、以て前段認定を左右するに足らず、その他本件一切の証拠によつても前段の認定をくつがえし難い。

もつとも、前段認定の売買契約当時、臨時農地管理令(昭和十六年二月一日勅令第百十四号)が施行されており、同令第五条には、「農地ヲ耕作以外ノ目的ニ供スル為其ノ所有権、賃借権、地上権其ノ他ノ権利ヲ取得セントスル者ハ農商大臣ノ定ムル所ニ依リ地方長官(農商大臣特ニ定メタルトキハ農商大臣)ノ許可ヲ受クベシ」と規定されていた。そして原審における被告(控訴人)武藤彦太郎本人尋問の結果によれば本件売買契約成立当時本件土地の現状は畑地であつて現に耕作の目的に供せられていたことが明らかであり、また原審(第一、二回)並びに当審証人俵藤丈夫の証言並びに弁論の全趣旨によれば、被控訴人は、昭和十五年夏、斎藤勝浄から本件土地に隣接する逗子市山野根字山ノ根谷四四八番ノ三、四四九番、四五一番、四五二番の土地を買い受けたが、この土地は形が悪い上に、東側が山になつて陽がささず、南側にあつた道路が曲つていたので、この土地の使用に便ならしめるために本件土地を買い取り、本件土地の一部約三十二坪余を前記四五二番と同じ高さまで地盛してその端に石垣を築き、曲つていた道路を真直ぐにするためのものであつたことが認められるので本件土地が農地である限りこれが所有権の取得は地方長官の許可を要するものであつたものというべきである。しかしながら、このように地方長官の許可あるにさきだち売買契約を締結した場合には、当事者の意思は結局右許可あることを条件として契約をなしたものと認めるを相当とするところ、本件土地は、その後終戦前既に雑地となり、昭和二十七年以降土地台帳も地目変換により原野となつたことは、当事者間に争のないところであつて、成立に争ない甲第十五号証によれば、少くとも昭和二十年三月三十一日当時には既に農地でなくなつたものと認められるので、その後は最早臨時農地管理令第二条にいわゆる農地であるということができず、従つてこのときから地方長官の許可がいらなくなつたので、本件契約は完全に効力を生じ被控訴人の所有となつたものと認むべきである。もつともその後昭和二十一年十一月二十二日から農地調整法第四条(法律第四二号にて改正)が施行されたけれども、原審証人俵藤丈夫の証言によればこれより先き被控訴人は既に本件土地の引渡を受けていたことが明らかであるから、右事実は何ら本件売買契約の効力に影響を及ぼさないものというべきである。

そうすれば、現在被控訴人が控訴人武藤に対し前段認定の売買契約に基き所有権移転登記手続をなすことを求めるのに、何の妨げがないものというべく、原審が控訴人武藤に対し本件土地につき売買に因る所有権移転登記手続をなすことを求める被控訴人の請求を認容したのは相当であつて、この点についての控訴人武藤の控訴は理由がなく、これを棄却すべきものである。

次に、控訴人斎藤寿々穂、同斎藤京子、同斎藤寿奈子に対する被控訴人の請求について順次判断する。

まず、本件土地についてなされている仮登記抹消登記手続請求について考えるに、本件土地につき横浜地方法務局横須賀支局昭和二十七年六月十八日受附第四一九七号で斎藤勝浄のため同日附売買予約に因る所有権取得の仮登記のなされていること斎藤勝浄が昭和二十八年四月二十三日死亡し、控訴人斎藤ら三名が斎藤勝浄の相続人として同人の権利義務を承継したこともまた当事者間に争がないところである。しかして、被控訴人が控訴人武藤から本件土地を買い受けその所有権を取得したものと認むべきことは、前段認定のとおりであつて、控訴人斎藤らは、斎藤勝浄において、控訴人斎藤から本件土地を買い受けた、と主張しているけれども、斎藤勝浄は控訴人武藤と被控訴人間の本件土地の売買契約の仲介人であつたに過ぎないことは、これまた前段認定事実によつて明らかなところであつて右控訴人らの提出援用にかかるすべての証拠によるも到底斎藤勝浄が右売買の買主であつたことを認めることができず、右仮登記の登記原因たる売買予約成立の事実にいたつてはこれを認めるに足る証拠とてないので、右仮登記は事実に吻合しない無効のものといわねばならぬ。そして、原審証人沢井正太郎、粟野原千代、原審(第一、二回)並びに当審証人俵藤丈夫の各証言、当審における控訴人武藤彦太郎尋問の結果を綜合すれば、斎藤勝浄は、戦災で被控訴人居住家屋が焼失したことを知り、被控訴人にかねて交付した本件土地の登記済証、売渡証、所有権移転登記申請委任状(甲第二ないし第四号証)も焼失したであろうと考え本件土地の一部を粟野原千代、蜷川某に売り渡し、被控訴人の所有権をも否認するに至つたものであることを認めるに難くないから、斎藤勝浄は本件土地に対する被控訴人の所有権の登記の欠缺を主張するにつき正当の利益を有する第三者にあたらないものというべく、被控訴人は本件土地所有権をもつて同人、従つてその相続人である控訴人らに対抗することをうべきものというべきである。よつて右控訴人らに対し本件土地の所有権に基き斎藤勝浄のためなされた仮登記の抹消登記手続を求める被控訴人の請求もまた正当として認容すべきものである。よつて被控訴人の右請求を認容した原判決は相当であり、この点についての控訴人斎藤らの控訴は理由がないものとして、これを棄却すべきものである。

次に被控訴人が当審において拡張した本件土地引渡の請求につき判断する。被控訴人が本件土地につき所有権を有することは、前段認定のとおりであり、控訴人斎藤らが現に本件土地を占有していることは同控訴人らの認めるところである。しかして被控訴人がその所有権をもつて控訴人斎藤らに対抗し得べきことは前段説示したところである。控訴人斎藤らは本件土地につき所有権を有するものでないことも前段の説示によつて明らかであり、かつ控訴人斎藤らは本件土地の占有を正当ならしめる権原につき他に何の主張もなさないから、その占有は不法となすのほかなく、控訴人斎藤らに対しこれを原因として所有権に基き本件土地の引渡を求める被控訴人の請求もまた正当としてこれを認容すべきものである。

よつて控訴審における訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八十九条、第九十三条、第九十五条を、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を適用し、なお原判決添附目録の記載に明白な誤りがあるので、これを本判決主文において更正するのを相当と認め、主文のとおり判決する。

(裁判官 大江保直 猪俣幸一 古原勇雄)

物件目録

神奈川県逗子市山野根字山ノ根谷四百五十六番ノ二

登記簿の表示

一、畑 六畝十九歩、内畦畔十二歩

土地台帳の表示

一、原野 六一五歩

(昭和二十年三月三十一日地目変換 昭和二十七年七月二十三日修正)

右同所四百五十七番ノ一

登記簿の表示

一、畑 七畝十八歩、内畦畔十二歩

土地台帳の表示

一、原野 七一八歩

(昭和二十年三月三十一日地目変換 昭和二十七年七月二十三日修正)

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